1980年代半ば、彗星のごとく現れた彼女に与えられた「元祖国民的美少女」というキャッチコピーは、日本中に大きな衝撃を与えました。しかし、十代前半にして社会の第一線に立った彼女自身が自分を見失わなかったのは、両親が提示した明快なルールの存在が大きいでしょう。
学業をおろそかにしないこと、自分の意思と言葉で物事を判断すること。こうした家庭内での教えは、どんなに華やかなスポットライトを浴びても彼女の足を地面に着けさせ続けました。ちやほやされる大人たちの視線に臆することなく、ハッキリと主張を展開する度胸は、まさに幼少期からの教育の賜物でした。