彼のアカウント停止をめぐる世論は、ネット社会の分断を象徴するほど激しく割れました。SNSや掲示板、Q&Aサイトに寄せられた膨大な声を精査すると、二つの極端な反応が浮かび上がります。
支持派の中心である若年層からは、「テレビでは絶対に見られないスリルと掛け合いが最高だった」「切り抜き動画を見るのが毎日の楽しみだったのに喪失感がすごい」という声が多数を占めました。公式アカウントが消滅した後も、有志による切り抜きチャンネルが非公式に乱立し、再生回数を稼ぎ続けた現象は、コンテンツ自体の求心力が失われていなかった事実を裏付けています。
一方で、一般層や保護者層、メディア倫理を重んじるユーザーからは極めて手厳しい視線が注がれていました。「公道での通行人に対するセクハラまがいの絡みは見ていて不快だった」「中高生が真似をして一般人に迷惑をかける治安悪化の温床になっていた」という指摘は根強く、アカウント停止の一報に対して「遅すぎた妥当な判断」「プラットフォームの浄化作用がようやく働いた」と歓迎する意見が圧倒的でした。
公の空間であるストリートをあたかも私有スタジオのように扱い、相手の戸惑いや恥じらいをエンタメへと昇華させる手法は、視聴者のカタルシスを生むと同時に、社会的な境界線(バウンダリー)を踏みにじる危うさと常に隣り合わせだったと言えます。