神戸連続児童殺傷事件が起きた1997年当時、加害者は14歳の中学生であった。そのため少年法の保護下に置かれ、医療少年院での手厚い矯正教育を受けた後に社会へと戻された。しかし、法務省や更生保護当局が加害者の社会復帰後における言動や手記出版を直接的に法的規制する手段は存在しない。
少年法は少年の健全育成と更生を目的として設計されており、退院後の私生活や表現活動に対して国家権力が干渉することは、憲法上の「表現の自由」や「通信の秘密」との兼ね合いからきわめて困難である。法務省関係者も当時は手記刊行に関して静観せざるを得ず、行政の限界が浮き彫りとなった。少年法のあり方そのものに対する法改正議論を加速させた一因には、この手記刊行をめぐる法的真空地帯が存在したのだ。