選手生命の危機に直面した吉村禎章は、現役復帰を諦めませんでした。当時としては最先端の医療技術を求めて単身西ドイツへ渡航し、世界的権威による複数回の手術と過酷を極めるリハビリテーションに耐え抜きます。膝に金具を埋め込み、感覚の戻らない足を必死に動かす日々は想像を絶する苦闘でした。
そして事故から1年以上が経過した1989年9月、ついに一軍復帰を果たします。復帰戦で代打として打席に立った際、東京ドームを揺るがした大歓声は球史に残る名シーンとなりました。さらに翌1990年には、巨人のリーグ優勝を決める試合(対横浜大洋ホエールズ戦)で、相手の守護神・佐々木主浩から優勝決定サヨナラ本塁打を放ち、自らの手でチームを胴上げへと導いたのです。
この劇的な活躍により、同年にカムバック賞を受賞。走力や守備力に制限を抱えながらも「代打の切り札」として驚異的な勝負強さを発揮し、現役通算で打率.296、149本塁打という堂々たる通算成績を残して1998年に惜しまれつつ現役を引退しました。