そもそも島倉千代子という存在は、戦後日本の復興期から高度経済成長期にかけての希望そのものだった。名門・日本コロムビアからデビューするや否や、哀愁を帯びた独特の美声と可憐な佇まいで国民を虜にした彼女は、瞬く間に演歌・歌謡界の至宝へと上り詰める。
『この世の花』での鮮烈なデビュー以降、『東京だョおっ母さん』や『からたち日記』など、今なお歌い継がれる不朽の名曲を次々と世に送り出した。鈴を転がすような哀切な歌声は、多くの人々の涙を誘い、彼女をNHK紅白歌合戦の常連、そして国民的スターの座へと押し上げたのだ。
しかし、舞台の上で見せる清廉潔白な輝きとは裏腹に、彼女のプライベートはあまりにも無防備だった。人を疑うことを知らぬ純真さが、冷酷な金銭トラブルを引き寄せてしまう皮肉。そのあまりに大きな落差が、細木数子という強烈な防波堤を必要とした最大の要因でもあった。