逮捕後、少年Aは刑事裁判ではなく医療少年院への送致が決定され、専門的な精神医療と矯正教育を受けることになりました。収容先となった関東医療少年院では、精神科医や法務技官による集中的な心理治療と人格矯正プログラムが長期間にわたり実施されました。
精神状態の改善や反省の深まりを評価された少年Aは、2004年に仮退院、そして2005年1月に正式な「本退院」を迎え、22歳で社会復帰を果たします。
退院当初は、身元引受人や支援組織、法務省関係者による慎重な見守り体制が敷かれ、溶接工などの肉体労働に従事しながら生活基盤を築いていたと報じられました。しかし、一般社会での再出発には常に「過去の発覚」というリスクが付きまとうことになります。