現代の葬儀現場において、浄土真宗の法名制度はどのように受け止められているのか。葬祭ディレクターや檀信徒への直接取材、インターネット上のコミュニティ言説を検証すると、評価と同時に特有の戸惑いが浮き彫りになります。
都内の大手葬儀社に勤務するベテラン葬祭ディレクターは、遺族の心理について次のように証言します。「他宗派から改宗されたご遺族や、親戚が他宗派の方の場合、『たった3文字の法名では寂しい』『もっと立派な名前をつけてもらえないのか』と不満を口にされるケースが今なお散見されます。戒名の文字数=生前のステータスや供養の手厚さだと思い込んでいる方が多いのです」。
大手Q&AサイトやSNS上でも、「他家は〇〇院居士で80万円払ったと聞いたのに、うちは釋〇〇で10万円だった。手抜きされたのではないか」という疑念の声が定期的に投稿されています。一方で、教義を理解した遺族からは「戒名のランク付けでお金をむしり取られるような理不尽さが一切なく、本当に救われた」「親鸞聖人の平等思想が現代に合っている」といった安堵の声が圧倒的多数を占めます。
また、近年急速に支持を広げているのが「浄土真宗 生前法名 付け方」への関心です。70代で京都の本山へ赴き帰敬式を受けた男性の手記には、次のような実感が記されていました。『棺に入る準備ではなく、残りの人生を仏弟子としてどう生き抜くかの決意表明だった。費用も1万円程度で、子供たちに戒名料の心配を残さずに済んだことが何よりの生前整理になった』。死後の儀式から生前の生き方へのシフトが、利用者のリアルな実感として定着しつつあります。