京都の名刹「革堂行願寺」の謎と魅力|猫と幽霊絵馬の真相

京都の名刹「革堂行願寺」の謎と魅力|猫と幽霊絵馬の真相

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京都の町並みに溶け込む行願寺ですが、一般には「革堂(こうどう)」という通称で親しまれています。寺号の正式名称は「霊麀山(れいゆうざん)行願寺」。天台宗に属し、現在は西国三十三所巡礼の中で唯一の「尼寺」としても知られています。

寺の起源は、平安中期の寛弘元年(1004年)。開基となった行円(ぎょうえん)上人が一条北辺堂を復興し、行願寺と名付けたことに始まります。寺伝および京都市公式観光資料によると、行円は出家前、九州で名を馳せた凄腕の狩人でした。ある日、山中で射止めた雌鹿の腹を裂いたところ、中から生まれたばかりの子鹿が息絶えようとしている姿を目の当たりにします。己の業の深さと無益な殺生に打ちのめされた行円は、その場で弓矢を捨てて出家を決意しました。

行円は射止めた雌鹿の皮をなめして衣とし、生涯肌身離さず身にまといながら念仏を唱えて都を歩いたと伝えられています。民衆は彼を「皮聖(かわのひじり)」と敬意を込めて呼び、彼が建てた寺を「革堂」と呼ぶようになりました。「いっさいの人々の成仏を願い、行じる」という寺号の通り、貴族から庶民まで階層を問わず熱狂的な信仰を集めたのです。

森 瞳
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森 瞳

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