『京都ぎらい』の著者・井上章一が明かした「洛中と洛外」の格差と京都人の本音。それは、単なる個人的な僻みを超えた根深い社会構造の告発でもあった。豊臣秀吉が築いた御土居の内側である「洛中」か、その外側の「洛外」か――ただそれだけの地理的境目が、人間関係や品格の格付けにまで色濃く影を落とす。嵯峨野育ちの井上氏自身が長年味わってきた洛外扱いの冷ややかさは、多くの読者の目から鱗を落とさせた。
排他的な伝統文化の裏に隠された愛憎劇は、一朝一夕に生まれたものではない。丁寧で物腰柔らかい「いけず」の挨拶の裏に、どれほど峻烈な拒絶の壁が築かれているか。2026年の視点で見つめ直しても、その優越感と複雑な愛着が絡み合う構造は失われていない。