事件が発生したあの日、京都府内ののどかな通学路から忽然と少年の姿が消えた。目撃証言は通学路の途中にある神社付近で途絶え、争った形跡も、遺留品ひとつ落ちていなかった。まるで空気の中に溶けてしまったかのような消失劇。この不可解さが、長年にわたり捜査を難航させている元凶だ。
事件直後、京都府警察本部は大規模な行方不明者捜索対策本部を設置。延べ数万人規模の捜査員を動員し、近隣の山林、河川、空き家、ため池に至るまで徹底的なローラー作戦を展開した。防犯カメラの映像解析はもちろん、近隣を走行していた車両のドライブレコーダーに至るまで虱潰しに確認が行われたが、決定的な手掛かりは得られなかった。
「どんな些細な情報でもいい、時間が経ったからこそ話せることもあるはずだ」。行方不明者捜索対策本部のベテラン捜査員は、日焼けした顔を曇らせながら語る。公開捜査に切り替えられて以降も、寄せられる情報の質は年々変化しており、現在は現代のデジタル鑑識技術を駆使した過去データの再精査が進められている。