市比賣神社を初めて訪れた参拝者が最も驚くのが、鳥居をくぐった先にある社殿が鉄筋コンクリート造の集合住宅(マンション)の1階部分にすっぽりと組み込まれている特異な景観です。SNS等では「バブル期の地上げ」「神社が経営難で売却したのか」といった真偽不明の憶測が飛び交うこともありますが、市比賣神社がマンション一体型となった理由には、伝統の護持と都市環境への適応をかけた極めて先進的かつ合理的な決断がありました。
昭和50年代から60年代にかけて、京都市中心部では急激な地価高騰と都市化が進行しました。狭小な敷地内で老朽化した木造社殿の維持改修費をどう工面するか、また周辺の防火地域指定にどう適合させるかという構造的課題に直面した神社側は、1986年(昭和61年)に日本で初となる「神社と集合住宅の一体型複合ビル(リバティ市比賣)」を建設しました。
上層階を居住空間として活用して収益基盤と建物の防火・防災性能を確保しつつ、1階の聖域には伝統的な神明造りの意匠と厳格な神籬(ひもろぎ)の結界を維持しています。これは単なる商業主義ではなく、「1200年の祈りの場を未来の世代へ確実に継承する」ための都市型神社のモデルケースであり、現在では建築史や宗教経営学の観点からも高く評価されています。