治部煮の最大の特徴は、肉に粉を薄くまぶしてから出汁に投入する点と、温かい煮物に練りわさびを添える点にあります。この二つの工夫には、科学的にも理にかなった料理の知恵が凝縮されています。
鴨肉や鶏肉にあらかじめ粉をはたく最大の理由は、肉の水分と旨味を内側に閉じ込め、パサつきを防いで柔らかく仕上げるためです。さらに、肉の表面の粉が出汁に溶け出すことで、煮汁全体に上品な「とろみ」が生まれます。水溶き片栗粉を後から回し入れる一般的な餡掛けとは異なり、具材から自然に出汁へとろみが移るため、肉と煮汁が一体となったなめらかな舌触りを実現できるのです。
また、治部煮に添えられるわさびは、単なる飾りではありません。本来使われる鴨肉は濃厚な脂と特有の野趣を持っています。甘辛い醤油ベースの濃厚な出汁にとろみが絡んだ肉に、清涼感あふれるわさびを合わせることで、脂っぽさが消え去り、肉の甘みが劇的に引き立ちます。出汁全体に溶かすのではなく、具材の上に少量を乗せて口に運ぶのが、本場金沢の粋な食べ方です。