本作を語る上で絶対に外せないのが、月夜の熱海海岸で繰り広げられる伝説の断絶シーンだ。「来年の今月今夜のこの月を……」という貫一の名台詞とともに、縋り付くお宮を足蹴にする描写は、当時の読者に凄まじい衝撃を与えた。
尾崎紅葉が率いた文学結社「硯友社」は、言友対照の洗練された雅俗折衷文体を駆使し、娯楽性と芸術性を高次元で融合させた。彼らが手がけた作品が読売新聞社で連載されるやいなや、新聞の部数は飛躍的に伸び、連載日の朝は紙面を奪い合う光景が見られたという。
熱海海岸はこの一文によって一躍日本有数の観光地となり、記念碑が建てられるほどの聖地となった。明治文学および日本近代文学の潮流において、新聞小説というメディアがいかに大衆の心理を掌握し、現実の都市構造や消費行動にまで影響を与えたかを示す象徴的な事件と言えるだろう。