生物分類学において、ノコギリクワガタの仲間は甲虫目クワガタムシ科(Lucanidae)に属し、世界中に数百種以上が存在する大グループを形成している。この膨大な分類群の全貌を解き明かす上で、伝説的な甲虫研究者である水沼哲郎氏が残した功績は極めて大きい。1990年代に著された大著『世界クワガタムシ大図鑑』をはじめとする研究成果は、それまで混迷を極めていた同定の基準を明確にし、大顎の微細構造や交尾器の形態比較による正確な種・亜種の整理を可能にした。
水沼氏の緻密な分類学的アプローチは、現在の昆虫学界における知見の礎となっている。日本国内の島嶼部におけるわずかな形態差を見極める眼力や、世界各地に点在するタイプ標本の精緻な記載は、アマチュア愛好家とプロの研究者を繋ぐ架け橋となった。甲虫目クワガタムシ科が持つ多様な進化のシグナルは、分子系統解析が普及した現在においても、こうした先人たちの標本研究と観察眼によってその価値を増し続けている。