日本画の大家・伊東深水と深川の料亭の女将との間に生まれ、生粋のお嬢様として育てられた朝丘雪路。彼女の最初の脚光は、1952年に宝塚歌劇団に入団したことでした。月組の娘役スターとして可憐な容姿と伸びやかな歌唱力でファンを魅了し、瞬く間にトップクラスの人気を確立します。当時は宝塚の枠にとどまらず、外部の舞台や映画からも引っ張りだことなる異例の活躍を見せました。
劇団退団後も、その天真爛漫な天然キャラクターと本格派の演技力を両立させ、バラエティ番組から本格的な舞台・ドラマまでマルチに活躍。浮世離れした「世間知らず」なエピソードは視聴者に愛され、一躍お茶の間の人気者となりました。しかしその実像は、芸に対して人一倍厳しいプロフェッショナリズムを持ち合わせた根っからの表現者でした。