この表現の進化を鮮烈に示したのが、大河ドラマ「どうする家康」と映画「レジェンド&バタフライ」だ。両作品は従来の英雄崇拝的なアプローチを意図的に放棄し、主人公たちの内面に巣食う弱さ、怯え、そして孤独に容赦のないスポットライトを当てた。
「どうする家康」が描いたのは、偉大なカリスマの陰でパニックに陥り、泣き言を漏らしながらも、家臣団に背中を押されて決断を下す人間・家康の姿だった。一方の「レジェンド&バタフライ」では、信長が背負った「魔王」という虚像の重圧と、濃姫との間に横たわる脆くも激しい人間関係が赤裸々に描かれた。これらの作品が提示したのは、戦国大名たちを決して特別な超人としてではなく、極限状況に追い詰められた一個の人間として捉え直す、現代ならではの視線である。