もしこの肖像画が源頼朝ではなく足利直義なのだとすれば、それは単なる「被写体の間違い」にとどまらない。日本美術史の金字塔とされてきた作品の位置づけそのものが根底から覆ることを意味する。鎌倉時代の武士の肖像画という従来のフレームワークは崩れ去り、南北朝・室町初期の肖像画芸術の到達点として再定義されなければならないからだ。
鎌倉幕府の威光を体現したとされるあの圧倒的な存在感。それこそが、室町幕府の基礎を築こうとした直義の政治的自負の表れであったと捉え直したとき、絵画が放つオーラはまた違った深みをもって私達に迫ってくる。名画に込められた意図を解き明かす試みは、名画を「誰の絵か」というラベルで見るのではなく、時代の政治思想や芸術の熱量をダイレクトに読み解くという、美術史の新たな扉を開いたのである。