当時のお笑い・エンターテインメント業界では、テレビ局や芸能事務所が主導するチャリティ活動や募金呼びかけが始まりつつあった。しかし、手続きや調整には時間がかかる。江頭が選んだのは、組織を通さない「個人の機動性」だった。
いわき市内の避難所にトラックが到着したとき、現場の職員や避難住民は耳を疑った。大きなサングラスと帽子で顔を隠した男たちが、次々とトラックから水や物資を運び出してくる。救援物資が届かず疲弊し切っていた人々にとって、その水はまさに「命の綱」だった。
作業を終えるまで、誰もその人物が江頭2:50だとは気づかなかった。荷降ろしが一段落し、サングラスを外した瞬間、現場にはどよめきが広がった。普段テレビで暴れ回り、「抱かれたくない男ランキング」の常連だった男が、目の前で汗だくになって物資を運んでいる。住民から感謝の声をかけられると、彼は恥ずかしそうに頭を下げ、滞在時間わずかで静かにその場を去っていった。