事の発端は1995年4月に開催された「平和のための平壌国際体育文化祝典」だった。プロレスラーのアントニオ猪木が音頭を取り、平壌のメーデースタジアムに連日十数万人を動員した巨大イベントである。日本から多くの観光ツアー客やマスコミが現地入りする中、その狂騒の隙間に紛れ込む影があった。大川豊率いる過激派パフォーマンス集団「大川興業」である。
大川興業総裁の大川豊と、その特攻隊長であった江頭2:50の狙いは最初から明確だった。祝典の観光客として入国しながら、当局の監視網を潜り抜けて現地の実態を暴くゲリラ的な潜入ドキュメンタリーの撮影である。一行が持ち込んだビデオカメラは、当時の北朝鮮において銃器と同じレベルの危険物だった。案内員と呼ばれる秘密警察まがいの監視役が24時間体制で尾行する中、彼らは隙を窺っていた。