1868年3月15日に予定されていた江戸城総攻撃。もし戦端が開かれていれば、江戸の町はロンドンやパリを凌ぐ規模の灰燼に帰していた。幕府陸軍総裁であった勝海舟は、万が一の総攻撃に備えて極秘裏に「焦土作戦」を立案していたとされる。新政府軍を市街地に引き込み、風上から火を放って包囲殲滅する。町を焼き尽くしてでも敵を道連れにするという、背水の陣である。
江戸の民衆はパニックに陥り、家財道具をまとめて郊外へ逃げ惑う避難民で街道は埋め尽くされた。治安は急速に悪化し、いつ暴動が起きてもおかしくない極限状態。勝海舟が握っていた焦土作戦は、単なる脅しではなく、交渉が決裂した瞬間に実行される現実的な破滅のシナリオだった。