現代の東京都心部を走る主要幹線道路や区画を江戸の古地図と照合すると、驚くべき事実が浮かび上がってきます。例えば、東京大学本郷キャンパス(加賀藩前田家上屋敷)の赤門や、六本木ヒルズ(長府藩毛利家上屋敷跡)、ホテルニューオータニ(彦根藩井伊家中屋敷跡)など、現代の大規模施設やランドマークの敷地境界は、江戸時代の大名屋敷の敷地境界線とほぼ完全に一致しています。
さらに興味深いのは、土地の高低差と身分制度の密接な関係です。江戸城下町では、台地の上(山の手)に大名や旗本の武家屋敷が配置され、低地(下町)や川沿いに町人地や職人町が作られました。現代でも高級住宅地とされる麻布、白金、番町などが高台に位置しているのは、江戸期の武家屋敷街の区割りが明治以降も細分化されずに大規模邸宅地や官公庁街へと引き継がれた明確な歴史的連続性によるものです。
また、渋谷や原宿、赤坂などに点在する「不自然にくねった細い裏道」の正体は、かつて江戸の街を潤していた渋谷川や笄川(こうがいがわ)などの支流が暗渠化(地下パイプ化)された水路跡です。古地図と現代のGPSマップを重ね合わせることで、アスファルトの下に眠る「水の都・江戸」の息吹を鮮明に可視化できます。