1960年代、吉永小百合の人気は一過性のアイドル的人気にとどまらず、日本社会全体を巻き込む巨大なカルチャー現象へと発展しました。彼女を熱狂的に崇拝・応援する人々は「サユリスト」と呼ばれ、その熱気は現代の推し活文化の源流と位置づけられています。
特筆すべきは、サユリストの支持層が当時の若手サラリーマンや学生だけでなく、日本を代表する最高峰の知識人や作家・文化人にまで広がっていた点です。ノーベル文学賞作家の川端康成は、彼女が主演を務めた映画『伊豆の踊子』(1963年)の撮影現場を自ら訪れ、その可憐さと演技を絶賛しました。また、タレントのタモリや作家の野坂昭如も公然とサユリストを公言し、彼女の存在が日本人の精神的支柱となっていたことを熱弁しています。
日活の看板女優となった吉永小百合は、浜田光夫との純愛コンビなどでヒット作を連発し、映画館には長蛇の列ができました。さらに橋幸夫とのデュエット曲『いつでも夢を』(1962年)が第4回日本レコード大賞を受賞するなど、映画界と音楽界の双方で昭和のエンターテインメントの頂点を極めたのです。