吉行淳之介の人生を語るうえで、正妻である文枝と、公然の愛人であった宮城まり子とのいびつな均衡関係を無視することはできない。二人の関係は一般的な不倫関係とは一線を画していた。吉行は文枝と離婚することなく籍を残し続けた一方で、人生の後半生の濃密な時間の多くを宮城まり子と共に過ごした。
なぜ妻の文枝は離婚を拒み続けたのか。そして宮城まり子はなぜ、最後まで「愛人」という立場を受け入れつつ作家を支え抜いたのか。文枝が後に明かした回想によれば、そこには憎しみを超えたある種の諦念と、夫への絶対的な執着が存在していたという。一方の宮城もまた、献身的に吉行の病床に寄り添い、最期まで彼を看病した。没後も語り継がれるこの異様な「二人妻」の構図は、互いの領分を侵さずに牽制し合う、冷徹で過酷な愛の契約だったと言える。