『明日への扉』の大ヒットは、緻密に計算されたマーケティングの産物であると同時に、川嶋あいという一人の少女の壮絶な生き様と不屈の情熱が生み出した奇跡でした。福岡の児童養護施設で育ち、養母のもとで音楽の才能を開花させた彼女は、最愛の母を病で亡くした後、わずか16歳で単身上京します。
彼女が自らに課したのは、当時のインディーズ界でも前代未聞だった「路上ライブ1000回」「CD手売り1万枚」「渋谷公会堂でのワンマンライブ」という3つの誓いでした。雨の日も風の日も渋谷駅ハチ公前や原宿の歩道橋に座り込み、マイクを使わずキーボードの弾き語りを続けた現場には、次第に噂を聞きつけた若者たちが集まり始めます。その路上で彼女の類まれな透明感を持つ「天使の歌声」に耳を留めたのが、キーボーディストであり音楽クリエイターのnao(菅原直洋)でした。
naoの洗練されたポップセンスとキャッチーなメロディメイクが、川嶋あいの切なくも芯の強いボーカルと融合し、I WiSHという奇跡のユニットが胎動します。当時、最高視聴率20%を超えていた恋愛リアリティ番組『あいのり』の主題歌に抜擢された際、オリコンチャートを駆け上がる中で「歌っている女性は一体誰なのか」という謎解きブームが巻き起こりました。テレビ出演を一切せず、渋谷の路上で歌い続ける少女とチャート1位の覆面シンガーが結びついた瞬間、メディアと街頭の熱狂は社会現象へと昇華したのです。