田部井淳子さんの経歴を振り返る上で欠かせないのが、前人未到の偉業と、それを成し遂げるまでの過酷な社会的障壁です。
1939年9月22日、福島県三春町に生まれた田部井さんは、昭和女子大学を卒業後、社会人山岳会を経て1969年に「女子登攀クラブ」を設立。「女性だけで海外遠征を行おう」という志を掲げましたが、当時の日本の山岳界は強固な男性中心社会であり、「女性がヒマラヤなど無謀」「家庭に入るべきだ」といった痛烈な批判や偏見に晒され続けました。
そうした逆風を跳ね除け、1975年5月16日、日本女子エベレスト遠征隊の副隊長兼登攀隊長としてエベレスト(標高8,848m)への女性世界初登頂に成功。登攀ルート上での大規模な雪崩に巻き込まれ、一度は雪中に埋まりながらも奇跡的に生還し、そのわずか十数日後に山頂へと到達するという驚異的な精神力を見せつけました。
さらに彼女の挑戦はエベレストにとどまらず、1992年にはカルステンツ・ピラミッド(プンチャック・ジャヤ)登頂を果たし、女性として世界初の「七大陸最高峰(セブン・サミッツ)」完全制覇を達成。世界的な冒険家としての地位を不動のものとしました。