灰谷健次郎は1934年10月31日、兵庫県神戸市に男ばかり4人兄弟の三男として生まれました。幼少期の家庭環境は極めて厳しく、父親は日雇い労働や職を転々とし、一家は常に食べるものにも事欠く壮絶な貧困の中にありました。
灰谷の人格形成と文学活動に決定的な影を落としたのが、実の兄の自死です。過酷な貧困と社会の不条理に追い詰められた兄は、若くして自ら命を絶ちました。自分が兄を救えなかったという耐え難い自責の念と、なぜ弱者が追いつめられ命を落とさねばならないのかという激しい憤りは、青き日の灰谷の胸に深く刻み込まれました。
「兄の死を無駄にしないために、人間とは何か、生きるとは何かを問い続けなければならない」――この痛切な誓いが、後に誕生するデビュー作『兎の眼』(1974年)の原動力となります。作中に登場する問題児・鉄三や、彼を見捨てずに寄り添う小谷先生の姿には、幼き日の自分たち兄弟と、かつて差し伸べられなかった救いの手が投影されているのです。