皇后雅子さまの父方である小和田家のルーツは、日本海に面した城下町、新潟県村上市に深く根ざしています。江戸時代、小和田家は村上藩主・内藤家に仕えた武士の一族でした。藩政記録や村上市内の菩提寺である西真寺に残る過去帳によれば、小和田家は代々郡奉行や町奉行といった実務を担う要職を務め、誠実公正な職務ぶりで藩政を支えた家柄として記録されています。
明治維新による武士階級の解体後、小和田家はその聡明な資質を「教育」の分野で開花させました。雅子さまの祖父にあたる小和田毅夫(たけお)氏は、東京高等師範学校を卒業後、新潟県内の高田高等女学校(現・新潟県立高田北城高等学校)や新潟県立新発田中学校の校長を歴任。地域の教育界で「人格高潔な名校長」として広く信望を集めた教育者でした。
その毅夫氏の次男として1932年に誕生したのが、雅子さまの父・小和田恆(ひさし)氏です。東京大学教養学部を卒業後、外務省に入省。条約局長、外務事務次官、国連大使といった外交中枢の要職を歴任し、退官後はオランダ・ハーグの国際司法裁判所(ICJ)裁判官および所長(2009年〜2012年)を務め上げました。国際法学界の世界的泰斗として知られる恆氏は、2026年現在も国際平和や学術振興の場で見識を求められるなど、知の巨人としての威厳を保ち続けています。
旧華族(明治以降の貴族階級)の出身ではないものの、小和田家は数代にわたり「国家と社会への奉仕」「徹底した学問の尊重」を家訓のように実践してきた、日本の近代知性における最高峰の系譜といえます。