この世界的なプロジェクトが現実のものとなった背景には、バンドのグローバルな戦略展開も大きく関係している。当時、アメリカの名門レーベル「Fueled by Ramen」と契約を交わし、日本国内では「ワーナーミュージック・ジャパン」とタッグを組んで世界基準の音作りを追求していた。
当時の音楽業界において、アジア発のロックバンドが欧米のトップスターと対等な形でコラボレーションを果たすケースは極めて稀だった。世界的ネットワークを持つレーベル環境と、海外市場へ果敢に挑むバンドの情熱が合致したからこそ、洋楽と邦楽の境界線を打ち破る一曲が完成したのだ。