ブレイク当時、レギュラー番組を何本も抱え、睡眠時間が1日1〜2時間という極限状態に置かれていたはんにゃの2人。当時の過熱ぶりは凄まじく、移動の合間にも取材や収録が詰め込まれる毎日でした。
そうした過酷な環境下で、金田は過度の疲労とプレッシャーから度重なる遅刻トラブルやお酒の失敗を起こしてしまい、制作スタッフや関係者からの信頼を一時的に損ねてしまったことを、後に自身のYouTubeやインタビューで赤裸々に告白しています。
フリートークの地力を磨く間もなくブームが先行してしまったことへの焦燥感や、若さゆえの慢心。それらが重なり、ブームの沈静化とともにテレビ出演が減少していきました。しかし、この手痛い挫折こそが、後の俳優業への真摯な向き合い方や芸人としての再起を促す決定的な転機となりました。