組織の正式名称は「革命的共産主義者同盟全国委員会」という。1950年代後半、既存の日本共産党による平和革命路線に不満を抱いた若者や学生たちが離脱し、結成されたのが日本の新左翼運動の始まりだった。彼らはソ連型社会主義も米国の資本主義も排し、暴力革命による国家権力の打倒を標榜した。
1960年代の安保闘争や大学紛争のなかで、組織は急速に支持を拡大する。その理論的支柱となったのが、最高指導者の一人であった本多延嘉だ。本多の主導のもと、反帝国主義・反スターリン主義を掲げる過激な路線が確立され、学生や労働者を巻き込んだ大規模な街頭武装闘争へと突き進んでいった。