長崎の歓楽街で凛とした美貌を誇っていた芸妓・藤駒。彼女の存在は、物語全体の美学と哀愁を決定づける重厚な基盤となっている。極道組織の組長との間に喜久雄をもうけた彼女だが、その生活は平穏とは程遠いものだった。正月の凄惨な抗争によって夫を亡くし、家が潰れた夜、幼い喜久雄を歌舞伎役者・花井半二郎へと託した決断。これこそが、全ての狂気と美の始まりだったといえる。
彼女自身もまた、芸の世界と裏社会の狭間で揺れ動く運命の糸に縛られていた。言葉少なに息子の未来を祈り、姿を消した彼女の背中には、女としての情愛と母としての諦念が同居していた。生い立ちそのものが抗いにくい時代の奔流に呑み込まれていたからこそ、彼女の存在感は読者の心に深く刺さり続けている。