黒死牟の人間時代の本名は、継国巌勝(つぎくに みちかつ)。戦国時代のある武家に生まれた双子の兄でした。当時の日本における武家社会では、双子は「家督争いの火種」として忌み嫌われる風習が根強く、弟である縁壱には生まれつき額に奇妙な痣があったことから、父親によって「忌み子」として殺処分されかける境遇に置かれていました。
母の必死の懇願により縁壱の命は助けられたものの、部屋の広さから衣服、食事、教育に至るまで、長男である巌勝と次男である縁壱との間には徹底的な格差が設けられました。幼少期の巌勝は、母の左脇に常にしがみついて離れず、物心ついても言葉を話さない縁壱を「哀れな弟」として庇護の対象と見なし、父の目を盗んでは手作りの拙い笛を買い与えるなど、兄としての愛情を注いでいたのです。
しかし、その均衡は縁壱が7歳の時に突如として崩壊します。父の配下である剣術指南役を、生まれて初めて竹刀を握った縁壱が一瞬で気絶させた事件を契機に、巌勝の価値観は根底から覆されることになりました。縁壱は生まれながらにして、筋肉の収縮や血流を透視する「透き通る世界」を視覚として捉え、呼吸の極意を本能的に体得していた本物の天才だったのです。
長男として家督を継ぐべく厳しい修練を重ねていた巌勝にとって、努力の及ばない「神の寵愛を一身に受けた弟」の存在は、強烈な挫折と嫉妬の始まりでした。母の死後、縁壱が出奔したことで一度は平穏な武士としての生活(妻と子どもに恵まれた日常)を手に入れた巌勝でしたが、成長した縁壱との再会が、彼の運命を再び狂気の渦へと引き戻すことになります。