「軌道敷内(きどうしきない)」とは、路面電車が安全かつ円滑に走行するために道路上に設けられたレール(軌条)およびその両側の敷地部分を指します。具体的には、敷設されたレールの外側から左右それぞれ一定の幅(通常はレール外側から約0.61メートル、法令上の軌道建設規程に基づく車両限界に準じた幅)を含めた一帯が軌道敷として扱われます。路面とレールの境界には石畳や舗装の切れ目、あるいは黄色や白色のペイントラインが引かれているケースが大半です。
道路交通法第17条第3項には、極めて明瞭に次の原則が記されています。
「車両は、軌道敷内を通行してはならない。」
この条文が示す通り、日本の交通法規において軌道敷内通行禁止は揺るぎない大原則です。では、なぜここまで厳しく自動車の進入が遮断されているのでしょうか。そこには、自動車と路面電車という乗り物が持つ「物理特性の圧倒的な違い」が存在します。
第1の理由は「制動距離の決定的な差」です。一般的な乗用車が時速40kmから急ブレーキを踏んだ場合、停止距離はおよそ10〜15メートル程度ですが、鉄の車輪が鉄のレールの上を走る路面電車は、同速度からの非常ブレーキでも停止までに25〜35メートル以上の距離を要します。摩擦係数がアスファルトとゴムタイヤに比べて極端に低いため、前方に急に車が入ってきても物理的に急停止ができません。
第2の理由は「質量の格差と乗客の受傷リスク」です。路面電車の車両重量は空車時でも15トンから30トンを超え、大型トラックに匹敵あるいはそれ以上の質量を持ちます。さらに車内には吊革に掴まっている立ち席の乗客が多数乗車しています。急ブレーキをかけただけで車内の乗客が折り重なって転倒し、多数の負傷者を出す大惨事につながるため、みだりに一般車両が前方を塞ぐ行為は構造的に排除されなければならないのです。