古谷経衡氏の言論を理解するうえで欠かせないのが、その出自とキャリアの変遷です。1982年、北海道札幌市に生まれた古谷氏は、立命館大学文学部史学科(日本史学専攻)に進学。在学中は文献史学の基礎を徹底的に叩き込まれ、史料批判や一次資料に当たる学問的アプローチを体得しました。この大学時代に培われた「客観的な事実確認(エビデンスベース)を重視する姿勢」が、のちの言論活動の骨格となります。
大学卒業後はすぐに華々しい言論界に入ったわけではなく、フリーター生活やIT企業での勤務、事業の立ち上げと挫折など、いわゆるロストジェネレーション世代特有の経済的困窮や試行錯誤を経験しました。その後、アニメーションとナショナリズムを結びつけた論考などを皮切りに執筆活動へ進出。当初はCS放送「日本文化チャンネル桜」などの保守派メディアに頻繁に登場し、新進気鋭の若手保守論客として頭角を現しました。
しかし、活動を共にするなかで古谷氏は、保守論壇の内部に蔓延する排外主義や歴史修正主義、そして実態の伴わない感情論で読者や視聴者を煽る「商業主義」に強い違和感を抱くようになります。2010年代半ば、自らその現場と訣別し、かつての内閣や保守派コミュニティを冷静かつ冷徹に観察した批評を次々と発表。この鮮やかな転換が、言論界に大きな波紋を広げました。