かつて彼が世に放った初期のサスペンス・スリラー群は、息をもつかせぬプロットのツイストと、人間の深層心理を覗き込むような冷徹な視線で熱狂的な支持を集めた。登場人物の誰もが嘘をついているかのような緊迫感、説明を排したソリッドなカッティング。それらは観客の感情を激しく揺さぶり、カルト的な評価を確立させた。
しかし、近年の歩みはそこからさらなる深化を遂げている。鋭利なジャンル映画の手法をベースに据えながらも、描かれるテーマは濃厚なヒューマンドラマへと昇華されているのだ。暴力や絶望の先にある人間の尊厳、赦し、そして社会からこぼれ落ちた者たちの孤独な連帯。登場人物の吐息や沈黙に宿る感情を掬い取る演出力は、円熟味を増している。
映画監督として進化を止めないその足跡は、ジャンルの境界線を軽やかに融解させてきた。冷酷なスリルの中に滲む温もりと、美しく優しい描写の裏に潜む毒。この予測不可能な二面性こそが、映画ファンを惹きつけてやまない独自のシグネチャーである。