水が陸へと押し寄せるプロセスを物理的に解き明かすと、両者が引き起こす被害の質がなぜこれほどまでに異なるのかが明瞭になります。津波と高潮のメカニズム比較を行う上で外せない物理法則を整理していきます。
まず高潮を成立させる主要な力学は、台風高潮の吸い上げ効果と吹き寄せの2大要素です。台風の中心付近では気圧が極めて低くなります。大気圧が下がると海面を押さえつける力が弱まるため、周囲の高い気圧に押された海水が中心部に向かって盛り上がります。理論上、気圧が1ヘクトパスカル(hPa)低下すると海面は約1センチメートル上昇します。たとえば中心気圧920hPaの超大型台風であれば、平時(約1013hPa)に比べて海面が約93センチメートルも吸い上げられる計算です。さらに、沿岸に向かって吹き荒れる暴風が表層の海水を海岸へ無理やり押し流す「吹き寄せ効果」が加わり、特に奥まった湾内では海水が逃げ場を失って潮位が跳ね上がります。ここに満潮時の高潮リスクと満潮時刻が最悪のタイミングで重なると、堤防を軽々と超える未曾有の氾濫が発生します。
一方、津波のメカニズムは海面付近の風力現象とは次元が異なります。ここで理解すべきは、津波の速度と波長の科学的理由です。通常の風浪(風が起こす波)の波長が数メートルから数百メートル程度であるのに対し、津波の波長は数キロメートルから長大なものでは数百キロメートルにも及びます。水深の深い外洋では、津波は海面だけでなく海底から海面までの水塊全体が一体となって移動します。その伝播速度は水深に依存し、水深5,000メートルの深海では時速約800キロメートルというジェット旅客機並みの超猛スピードで疾走します。陸地に近づいて水深が浅くなると速度は落ちますが、それでも時速30〜50キロメートル(陸上オリンピック選手の全力疾走以上)を維持したまま、後ろから押し寄せる無尽蔵の海水が前の波に追いつき、巨大な「水の壁」となって陸上を削り取るのです。