検索エンジンでは「福田和子 息子 本 出版」「手記 内容」といったキーワードが多く検索されています。これには世間の大きな誤解が含まれています。
まず事実関係を正すと、長男自身が単独で手記や告白本を商業出版した事実はありません。本を出版したのは母である福田和子本人です。彼女は1999年の和歌山刑務所収監後、獄中から手記を寄せ、講談社から『涙の谷…私の逃亡、十四年と十一カ月十日』(後に『整形逃亡 14年と11か月』として文庫化)を刊行し、印税を被害者遺族への弁済に充てました。この強烈な出版劇の記憶が、息子の存在と混同されて「息子が本を出した」という誤認を生んだのです。
ただし、長男は完全に沈黙を守り続けてきたわけではありません。過去に民放キー局の大型実録ドキュメンタリー特番や、大手週刊誌の独占インタビュー取材に応じ、実名に近い形で自らの経験と心境を語ったことがあります。
そのインタビューの中で長男が語った内容は、聞く者の胸を締め付けるほど生々しいものでした。
「石川県の店で再会したとき、母は別人の顔になっていた。けれど、私の手を握りしめて泣いたあの温もりだけは、間違いなく私の母親だった」
「なぜ自首を勧められなかったのか、なぜ警察に駆け込めなかったのかと、自分を責めない日は一日たりともなかった。しかし、当時の自分にとって母は絶対であり、突き放すことなどできなかった」
母への深い情愛と、人命を奪った殺人犯に対する恐怖や嫌悪。その二つの感情の狭間で引き裂かれ続けた思春期のトラウマを、彼は涙ながらに吐露しています。逮捕後に面会へ訪れた際、母からかけられた言葉や、拘置所・刑務所から届いた手紙の文面についても言及し、母の身勝手さを激しく憎みながらも、実の親としての縁を完全に断ち切ることができなかった葛藤が赤裸々に語られました。