長年にわたり結婚秒読みとまで囁かれていたふたりが、なぜ最終的に別れを選んだのか。その背景には、当時のふたりが抱えていた結婚観の決定的なズレと、表現者としての過酷な環境がありました。
幼少期に両親の離婚を経験していた内田有紀さんは、早くから「温かい家庭を築き、拠り所を持ちたい」という強い家庭志向を抱いていたと伝えられています。一方の福山雅治さんは、30代前後は音楽制作や写真家としての活動、俳優業の多角化など、クリエイティブの頂点を極める時期にありました。「家庭に入って落ち着く」ことよりも「表現者としての孤独と向き合う」ことを優先せざるを得ない精神状態にあったと、当時のラジオ番組での発言などからも窺えます。
また、1999年に福山雅治さんが松本英子さんに楽曲提供し、後に自身でもセルフカバーした名曲『Squall』は、内田有紀さんへの心情を投影して書かれたのではないかと長年ファンの間で語り継がれています。「私 恋をしている 哀しいくらい」「あなたはずっと眩しかった」という切ない女性目線の歌詞は、すれ違いゆくふたりの心情をリアルに映し出していると解釈され、平成の名バラードとして今も色褪せません。
泥沼の対立ではなく、お互いの人生の進路と価値観の違いを認め合った上での決断であったからこそ、破局後も互いを傷つけ合うような発言は一切見られませんでした。