比叡山の千日回峰行は、平安時代初期の相応和尚によって創始された天台密教の究極行です。7年間にわたり比叡山の山内や京都の街頭など約4万キロを歩き続け、山川草木すべての命に仏性を見出す巡礼の旅。途中で行を続けられなくなった際には自害して果てる掟があり、行者は常に「死出紐」と「降魔の剣(短刀)」、そして埋葬料としての三途の川の渡し賃(六文銭)を携行して山道を歩きます。
歴史上でも千日回峰行達成者の理由を紐解くと、単なる強靭な体力や精神力だけでは決して成し遂げられない事実が浮かび上がります。光永圓道師は2003年から回峰行に入り、毎日深夜2時に起床して暗闇の山道を数十キロ歩く過酷な生活に入りました。師が後年に語ったところによれば、道中で足を痛め、激痛に耐えかねて意識が朦朧とする夜も珍しくありませんでした。それでも歩みを止めなかったのは、「行は自分のためではなく、生きとし生けるものすべての安寧のために捧げる祈りである」という無私の境地へと心が昇華していったからに他なりません。自己顕示を捨て、一歩一歩の足元に集中する覚悟こそが、満行に至る真の原動力でした。