『風立ちぬ』作者は誰?堀辰雄と宮崎駿、実在モデルの真相を解明

『風立ちぬ』作者は誰?堀辰雄と宮崎駿、実在モデルの真相を解明

『風立ちぬ』作者は誰?堀辰雄と宮崎駿、実在モデルの真相を解明の基礎知識と応用に迫る! わかりやすい言葉でご紹介しています。

小説と映画の双方において、読者・観客の涙を誘うヒロインの姿には、胸を締め付ける風立ちぬの実話モデルが存在します。

堀辰雄の小説に登場する節子、そしてジブリ映画に登場する里見菜穂子の直接のモデルとなったのは、堀辰雄の実際の婚約者であった矢野綾子(やの あやこ)さんです。堀辰雄自身も若くして結核を患っていましたが、軽井沢で出会った矢野綾子さんもまた重い結核を患っていました。

2人は1934年に婚約を交わし、翌1935年、病状が悪化した綾子さんの療養のため、長野県にあった富士見高原療養所(サナトリウム)に入所します。標高が高く空気が澄んだこの高原サナトリウムで、堀辰雄は自らも療養しながら彼女を献身的に看病しました。しかし、その甲斐なく綾子さんは同年冬、わずか24歳の若さで息を引き取ります。

愛する婚約者を失った深い悲嘆と喪失感のなか、堀辰雄が自らの魂を救済するかのように書き上げたのが小説『風立ちぬ』でした。なお、ジブリ映画でヒロインの名が「菜穂子」とされているのは、堀辰雄の別の代表作である小説『菜穂子』に由来しており、宮崎駿監督による文学的オマージュの表れです。

佐々木 一輝
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佐々木 一輝

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。