事故現場となった岐阜県白川町の国道41号線沿いには、犠牲となった104名の御霊を慰めるための慰霊碑「天心白菊の塔」が建立されています。現場を見下ろす高台に佇む白亜の塔には、命を奪われた乗客乗員一人ひとりの名前が刻まれており、半世紀以上が経過した現在も花を手向ける人が絶えません。
事故当時、飛騨川の水位は極めて高く、車体は下流のダム湖や知多半島沖合にまで押し流されました。警察、自衛隊、地元住民による懸命な捜索活動が数ヶ月にわたって続けられたものの、激流によって遺体が遠方まで流出し、収容までには想像を絶する困難が伴いました。
現在、国道41号線の現場周辺は大規模な法面防護工事やトンネル化、雨量観測機器の整備が進められ、当時の危険な景観は大きく改修されています。しかし、「天心白菊の塔」は単なる慰霊の場にとどまらず、自然災害の脅威と命の尊さを後世に伝える生きた防災拠点として、今も静かに国道を行き交う車両を見守り続けています。