この過激なシーンを映画の冒頭に配置したことには、庵野秀明総監督の明確かつ冷徹な演出意図が存在していました。テレビシリーズ放映終了後、難解な最終2話に対して一部の熱狂的なファンから殺害予告を含む激しいバッシングが制作会社に寄せられたことは有名な事実です。
庵野監督は、アニメというフィクションの世界に閉じこもり、キャラクターを記号的な性の対象や都合の良い偶像として消費するオタク層に対し、痛烈なカウンターを仕掛けました。昏睡する美少女キャラクターを見て欲望を処理するシンジの姿は、まさに「モニターの向こうの美少女に欲情して現実から逃避する観客自身の鏡像」として突きつけられたのです。
物語を甘美なファンタジーとして消費させず、人間のエゴや醜い欲望をスクリーンの大画面で直視させることで、観客を無理やり現実に引き戻す狙いがありました。主人公を英雄化せず、最も隠しておきたい恥部を晒し切る姿勢こそが、旧劇場版の持つ破滅的なエネルギーの源泉でした。