メジャー資本の庇護を離れ、自らの会社を立ち上げて活動する道を選んだ決断は、当時の日本のエンタメ業界に激震を与えた。従来の事務所主導型ビジネスモデルに疑義を呈し、アーティスト主体の運営へと舵を切った背景には、過酷な海外転戦を生き抜くための切実な生存戦略があった。
海外の巨大エージェントやプロデューサーと対等に渡り合い、楽曲の権利を自らコントロールする。リスクを全て自身で引き受ける代わりに、表現の100%の自由を手に入れた。このビジネス構造の転換こそが、スピード感ある世界展開を支える隠れたエンジンとなっている。