今井氏が初めて挑んだ参議院議員通常選挙を振り返ると、その登場は華々しいものだった。1990年代に社会現象を巻き起こしたSPEEDの元メンバーとして、圧倒的な認知度を武器に政界へ進出。聴覚障がいを持つ長男を育てるシングルマザーとしての当事者性は、従来の自民党には少なかった多様性の象徴としても期待された。内閣府政務官などの要職も経験し、当事者の声を政策に反映させようと奔走した時期があったのも事実である。
しかし、政界でのキャリアが長くなるにつれ、政治家・今井絵理子に対する世間の目は厳しさを増していった。政策論争において主導権を握る場面は少なく、国会での存在感は次第に薄れていった。タレントとしての知名度は、参入障壁を下げる武器にはなっても、永田町で生き残り続けるための防弾チョッキにはならない。10年にわたる議員活動は、タレント政治家が直面する構造的な限界を世に知らしめる結果となった。