光永師の歩みを語るうえで、師父である酒井雄哉大阿闍梨の存在を外すことはできない。酒井師といえば、千日回峰行を2度満行した不世出の名僧として知られる。「一日一生」を掲げ、飄々としながらも底知れぬ慈悲を湛えていた酒井師の背中を、光永師はずっと追い続けてきた。
「行は特別なことではない。ただ、目の前の一歩を歩むことだ」
比叡山延暦寺の険しい峰々を、深夜2時に草鞋履きで出発し、1日数十キロを巡拝する日々。激痛で足の爪が剥がれ、大雨や猛吹雪に襲われても立ち止まることは許されない。途中で行を断念せざるを得ないときは自害するための短刀と死出紐を常に懐に忍ばせて歩く。そんな極限の日々を支えたのは、師から受け継いだ「愚直なまでの日常性」だった。地獄のような荒行をこなすこと自体が目的ではない。歩くこと、祈ること、生きることのすべてが渾然一体となる境地を、若き日の光永師は比叡の森で刻み込んでいった。