日本本土が明治初期に太陽暦へと舵を切った際、農漁村の生活体系は少なからず混乱をきたした。しかし沖縄においてその断絶が起きなかった理由を、民俗学は生態系との密接な相互依存関係に見出す。
珊瑚の産卵から魚の回遊、リーフ内の潮流の劇的な変化まで、海洋資源の動きは太陽ではなく月の位置に支配されている。潮の満ち干を無視して船を出せば座礁し、潮時を誤れば魚は獲れない。海に囲まれた島嶼部において、太陽暦のフラットな365日はあまりにも自然の実態から乖離していたのだ。
「自然に抗うのではなく、月の周期に人間側が身を委ねる」という思考様式は、合理性を重んじる現代社会に対する、したたかで強靭な知恵の結晶と言える。