日本全国に難読地名や奇妙な地名は数多く点在しますが、自らの島に「悪」という文字を堂々と冠する事例は極めて異例です。「悪石島 名前 由来」や「悪石島 なぜ悪石」と検索する人々が真っ先に突き当たる疑問に対し、民俗学および郷土史の調査からは決定的な2つの有力説が浮かび上がってきます。
第1の定説は、【険しい岩礁・自然環境説】です。悪石島は周囲を高さ数十メートルから百メートルを超える切り立った海食崖に囲まれた火山島であり、海岸線には鋭利な暗礁が牙をむくように連なっています。古代から中世にかけての日本語において、「悪」という文字は単に倫理的な悪徳を指すだけでなく、「荒々しい」「手強い」「険峻で危険」といった自然の猛威を形容する言葉として広く使われていました(「悪源太」や「悪路王」などの用例と同様です)。つまり、「船を寄せ付けず、近寄れば難破するほど険悪な石(岩)の島」という意味から「悪石」と命名されたという地理学的・航海民俗学的な解釈が成り立ちます。
第2の定説であり、島民の間でも語り継がれているのが、【平家落人の防衛策(カモフラージュ)説】です。1185年の壇ノ浦の戦いで敗れ去った平家の残党が、追手を逃れて南の海へと落ち延びた「悪石島 平家落人伝説」は島内に色濃く残っています。平家の武者たちは、源氏の追討軍が探索の手を伸ばしてきた際、「このような不吉で恐ろしい名前の島には、価値のある人間など潜んでいない」「立ち寄れば祟りがあるか難破する」と思わせるため、あえて自ら「悪石島」と名乗ることで侵入を心理的に防ぎ止めたという防衛戦略説です。島内には平景清にまつわる伝説や、落人たちの墓地とされる「平家の平(へいけのたいら)」が現存しており、この伝承に強い説得力を与えています。
言語学者や歴史研究者の分析を総合すると、この島名の真相は二者択一ではありません。もともと存在していた「険しい岩礁が連なる島」という地形的特徴を、命がけで身を潜めた平家落人たちが自らの防壁として逆手に取り、不気味な地名として固定化させたという「複合的な成立プロセス」こそが、最も蓋然性の高い歴史的事実と言えます。