辻上氏の足跡を辿る上で外せないのが、ベガルタ仙台での過酷かつ情熱的な日々だ。東日本大震災の爪痕が残る被災地で、クラブがいかに地域と寄り添い、存続をかけて戦ってきたか。その最前線で汗を流した彼の姿は、多くのサポーターの記憶に焼き付いている。単なる広報の域を超え、クラブの理念と現場を繋ぐパイプ役として走る姿は、まさにJリーグの現場が抱える「現場の泥臭さ」そのものだった。
その後、舞台は日本サッカー協会へ。地方クラブの現場と、日本サッカーの最高意思決定機関。ふたつの異なる視点を経験した辻上氏だからこそ見えた、構造的な課題と希望があった。「彼は常に、選手ファーストであると同時に、日本サッカーの未来を見据えていた」。当時の同僚は語る。映画化プロジェクトのカメラは、彼が理想と現実の狭間で葛藤し、時には組織の壁にぶつかりながらも愚直に前へ進もうとした未公開の瞬間を映し出している。