この深刻な葛藤に対し、誰よりも心を痛めていたのが、脚本家であり作品の生みの親である故・橋田壽賀子氏であった。彼女は生前のインタビューにおいて、二人の間にある断絶を認識していることを認め、脚本家として苦渋の決断を迫られたエピソードを率直に明かしている。二人を同じ場面に出すことができないため、物語の展開を歪めざるを得なかったという告白は、ドラマ業界に大きな波紋を広げた。
橋田壽賀子氏の意志を継ぎ、劇作家としての功績を後世に伝える橋田文化財団の関与する文脈においても、この作品が遺した光と影はしばしば議論の対象となる。偉大な作品が生み出された背景には、出演者同士の壮絶な摩擦と、それを収めるために苦心した制作陣の葛藤が存在していた。橋田文化財団が保存する膨大なアーカイブや功績の裏には、こうした過酷な芸能界の現実が刻まれているのだ。