2026年5月、代々木第一体育館で開催された『渡邉理佐 卒業コンサート』をもって、彼女は欅坂46時代から数えて約7年間にわたるアイドル活動にピリオドを打ちました。4thシングル『五月雨よ』の活動をもってグループを去った背景には、どのような思いがあったのでしょうか。
表向きの卒業発表時、本人は「グループとしての活動をやり切ったこと」「後輩たちの頼もしい成長を見届けられたこと」を語っていました。改名を経て櫻坂46が軌道に乗り、2期生や3期生が台頭していく中で、グループの精神的支柱だった彼女は自身の役割を一区切りと捉えたとされています。
さらに大きかったのが、個人としての表現活動へのシフトです。アイドルという枠組みにとどまらず、モデルや演技の世界で一人の表現者として勝負したいという強い意志が芽生えたことが、卒業を決断した最大の契機でした。所属事務所については、卒業後も坂道グループの運営母体であるSeed & Flower合同会社に継続して所属しており、マネジメント側からも絶大な信頼を置かれながらソロ活動をスタートさせています。